2022年5月5日の活動報告。
22年5月5日の活動報告。まずは、志布志港でのさんふらわあさつま下船
さて、2022年5月5日は、いつもと勝手が違い、いつも起きてる時間は、スマホへの電波が弱いなどのせいもあって動けないので、6:00ころまで部屋で横になってた。
そして、6:30に、食堂前に。そして7時に食事。また一通りと、ウーロン茶を。
部屋に戻るときに、売店によって、その後部屋に。荷物をまとめて休んでたら、前日に言っていたせいか、早い目に出してもらえることに。早く着きまして・・・云々言われたが、まずこのことだと思う。(^_^;
タラップが下りるのを見て、その後、フェリーを下りる。そうしたら、2022年5月4日私がお願いして船員さんが頼んでくれていたタクシーが来ていて。それに、乗車して、志布志駅へ。フェリーターミナルの係員さんにも、そのときはお世話になりました。(^.^)
志布志駅でのこと。
タクシーで、志布志駅到着。タクシーを降りて、駅に向かおうとすると、駅員さんが登場。そこで、タクシーの運転手さんと交代で駅へ。駅では、早く着いたので、駅舎内の観光案内所へ。
そこで、いろいろと情報集め・・・なんだけど、印象に残ってるのは、そこの担当の人が枚方で、駅員さんが大東で・・・ここまで来て大阪のご近所会話か(笑)なんて話をしていた。
そして、時間近くなったので、志布志駅から出発。
22年5月5日の活動報告。宮崎県串間市でのこと。
串間駅到着
まずは、今回最大の目標の一つの串間市へ。串間駅から。
駅の駅がどうのと聞いていたが、そんなものなく、ほぼ筋向かいの感じの場所に道の駅が。
そこでトイレをして、地元の産物を売ってるところに。まだ早いかと思って、そのときの購入は辞める。食事場というのか食堂が併設されているので、見に行くと、11:30だったかまであいてないとのことで、ちょっと近くを行ってみようかと。ということで、ちょっとその近所へ。
旧吉松家住宅のこと
下郡元だったかそこの交差点から、ちょっと入っていくと、旧吉松家住宅というのがあって。そこを見ると、どうも、国指定の重要文化財だとかなんとか。ならば見に行くかと思うと、階段だし、横のスロープみたいなのは急だし・・・。と言うことで、諦めてそこはかとなく行こうとしたら、後ろから呼び止められて。要はなにしてんのどこ行くの?ってな感じで。
別に予定もないし、目的ないですと。それで、旧吉松家住宅というのがあるからと思っていくけど、どうも無理そうなんで・・・。なんて話をすると、うーむ。行けると思いますよと。ならばと言うことで行く。
先ほどの急な坂をその人に後ろから押してもらいながら、その住宅へ。
そこではいろいろと聞いたし、見せてももらった。
おくどさんのところが、吉松家の人が住んでるときはシステムキッチンだったとか。他にも、蔵だとか・・・。あと、重要そうな話は、隣の愛宕神社を吉松家が管理することになったが、そこを放置したせいで現在えらく零落しているとか。いろいろ重要そうな話を聞いた。
その後、時間がまだあるので、永徳寺でも行くかと思うが、どうも無理そうなので・・・と言うが、最近手が入ったようで、大丈夫という言葉を受けて、串間駅からタクシーを雇って、永徳寺へ向かうとことに。
永徳寺でのこと。
11:30ころか、永徳寺に着。そのとき、タクシーを降りて砂利道で難渋しているときに、住職さんにあう。
そうしたら、こちらとしては、義昭の墓を見に来たと。そう言うと、それはその裏山だし、木の根っこはあちこち邪魔してるし、車いすでは無理です。ビデオカメラがあれば録ってきますよと。ではと言うことで渡し、15分ほど待つと、行ってきました。360度周りから見て、ついでに不動明王も録ってきましたと。ありがとうございます。と言うことで、これから、串間駅に帰りますというと、どんな感じで?と。で、タクシーで来たときの道を言うと、その住職さんが歩いて行っても20分かかりますよと。
串間駅まで送りましょうか?と言われたので、お願いしますと。車に乗って、車いすなども積んでもらって・・・。そのまますんなりいくのかなと思ったら、ついでですから、義昭の関係するところいくつか行きますか?と。
行きましょう。お願いしますといったこともあり、行くことに。
足利義照法師の関連話を少し
まずは、義昭が切腹した場所辺りにあった祠・・・まぁ、移転していて確認できなかった感じだが、それなんだろうかなぁと言う場所はあった。そして、その後首を取られて、胴体が川で流れて。そのあと、串間で災害などが頻発と言うことで、神社を建てて祀ったと。その神社は、小高い山の感じのところだが、見るからに階段だらけなので、諦めることに。あと、その永徳寺にある墓は、無銘なので、まぁ足利義教をおもんばかってそうしたのかななんてことは言ったけど・・・お寺としても、それを調べてみようかなどと言うことを聞いた。
そして、串間駅に送ってもらい、別れ、私は先ほどの道の駅で買い物し、大阪宛に送る荷物を送る算段して、また串間駅に戻るのである。