2008年5月28日の瑞雲氏のつぶやき。
一つ思うこと
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080528-00000937-san-soci
さて、例えば、料理屋で。先祖伝来の味だとか。料理学校で習ってきましたとか。素人料理です。とかある。
中には、なだ万やら、南地大和屋と言った有名料亭で、修行した。って人もいる。
そう考えた場合、船場吉兆、いや、この場合吉兆で修行してきました。と言って、店を出している人は大変だな。
自分のルーツの一つが崩れ去るわけだ。自身で客がつかめておればいいが。
そうでなければ、風評被害の連鎖倒産もありうる。
そう考えると、船場吉兆のやったことは、重大だね。
そこまで考えられなかったのか?それとも考えなかったのか。
ここまでの金看板になると、自分の店の暖簾だけの重さでは、なくなっている。
というのは、十分知っているはずなのに。
それだけが気がかりだ。
昔、私は言われました。
「もし君が悪いことしたら、全国の同じ名字の人が悲しむんやで、それだけはわかっときな。」
今になってああこのことなのかな?と思います。
また、利休百首に言う
規矩作法 守りつくして 破るとも 離るるとても 本を忘るな
というのは、このことを指しているのかな?
「本=基本」を忘れたからこうなったんだろうなぁ。
と思います。
(間違った歌の解釈ってことはないとは思います。しかしながら、もし誤解釈だとしたら、ごめんなさい。)
2008年5月28日の瑞雲氏のつぶやき。
